2026年1月29日(木)~31日(土)

「さるく」とは、まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁

 

1月31日

軍艦島(端島)

 

 

 

ここも歩けるうちに行きたい所シリーズの「軍艦島」

軍艦島が無かったら今回のツアーには来ていない (笑)

1890年に石炭採掘を開始、1974年閉山、無人島化

一般的な軍艦島クルーズ(すべて許可制)は長崎港から出る中型船(40分)ですが、ベースキャンプがチョイスしてくれたのは個人経営の(許可済み)の小さな船

船長は元軍艦島の住人でよく島のことを知っている

軍艦島の東にある漁港から出るので近い!

これがよかった! 船長のほかに3人の乗組員がいて質問にも丁寧に答えてくれました (^_-)-☆

今回奇跡的だったのは、冬場は時化でほとんど出航できないそうで(出航できても上陸できないことが多い)今月初めてのクルーズだったそうです (^^♪

さらに奇跡的に先に着いたクルーズ船(200人乗り)が出た後に我々が上陸、さらにさらに後から来る便のクルーズ船が点検でドック入り!

つまり我々9人だけの貸し切り状態!!!

 

沖に浮かぶ軍艦島
東(右)から来て反時計回りに一周、矢印の所に着岸
9:49 我々が乗る「アイランド号」 乗船前の説明を受けて10時出航
10:10 クルーズ船が着岸している
10:12 一番手前の大きな建物(7階建て)は端島小中学校(日本最初の高層学校かもしれん、給食を運ぶエレベーターもあったそうな)
10:13 見えてきたクレーン船は台風等の影響で岸壁の底が痛んできている(端島はもともとはただの岩礁で周りを埋め立てられ岸壁で島を囲んでいる)ので補修工事をしているそうです
10:20 船長さんが反対側に回り込んでくれて一時停船、この角度が一番軍艦に見えるそうです 夜、明かりがともると巨大戦艦に見えたでしょうね
上が軍艦島、下が戦艦「土佐」(軍艦島デジタルミュージアムより)「土佐」に似ている所から軍艦島と呼ばれるようになった(土佐は第一次世界大戦後ワシントン条約により完成間近で廃艦となり高知県沖で沈められた)
10:23 さらに僥倖は続き、日が当たり始めた (^O^)/
10:25 クルーズ船にお客さんが乗り込んでいる
世界文化遺産(2015年)でも釣りはできるらしい
10:27 おっちゃん、釣れまっか!
船着き場(ドルフィン桟橋)
10:28 2009年から一般人の上陸が認められた
10:30 接岸
10:31 昔の岸壁跡、船員のジャンパーがかっこええ!
10:32 軍艦島へ感動の上陸! 昔、緑は一切なかったそうです
赤い所だけ歩ける、他は危険地帯(軍艦島リーフレットより)
10:34 右の鳥居状のものは石炭を運ぶベルトコンベアーの支柱、正面は小中学校?
10:36 右の建物はアパート(30号棟)、最盛期(1960年)の人口は5300人で日本一の人口密度だったそうな
船着き場側(東)から見た軍艦島
反対側(西)から見た軍艦島
10:39 今にも崩れそうな建物
住民の生活を支えていた貯水槽、当初は海水を蒸留して飲用水にしていた。それが給水船で運ばれるようになり、1957年になって対岸から送水管で送水されるようになった。それでも一般作業員のお風呂は共同浴場だった。
10:41 下の新しいコンクリートの所が第1見学広場
10:43  第2見学広場
10:43 レンガ造りの建物は総合事務所
10:48 後の白い塔は閉山後の1975年に建てられた灯台、右端の建物が主力坑だった第二竪坑坑口、それにつながる階段が「命の階段」 第二竪坑は垂直に600m掘られ、そこから斜めに最終は地下1100mまで掘り下げられた ぽっかり穴が開いている所が共同浴場、浴槽が三つあって、石炭を洗い流す→洗い場→上がり湯になっていた、最初の浴槽は真っ黒だったそうです 船長さんが子供の頃この風呂場に入ると汚れた気がしたそうです
10:53 見学通路を歩く
大きな建物は30号棟、日本最古の高層(7F)鉄筋コンクリートアパート
10:55 30号棟の左に31号棟(第3見学広場より)
11:05 釣り人が魚を釣り上げた!
11:11 桟橋へゆっくり戻る・・・貸し切りですから (笑)
11:13 台風の時はこの防波堤を波が越えてくるそうです
ドルフィン桟橋に戻る
気のよさそうな船長さんでした (^^♪
青空も広がってきた (^O^)/
11:16 さよなら「軍艦島」、多くの人が訪れないと維持管理ができないです(施設見学料310円、船代は人数によって変わる)
11:17 帰りはまっすぐ港へ
11:31 港のテトラがでかい
11:34 またどこかへ行くアイランド号、ありがとうございましたあ~ (^^♪

 

念願の「軍艦島」

貸し切りで見られて最高でした!

最後は日も差してきて厳粛な気分に・・・

ここで生活していた人々には大変だったでしょうが、日本の高度成長期を支えた貴重な遺構です

 

三日間の「長崎さるく」も終了

中身の濃い三日間でした

来たコースを逆に走り帰高

22時45分帰宅

12:47 大村湾SAで「鶏白湯ラーメンと大村寿司」、美味しかった )^o^(