2026年3月21日(土)

 

6時半ごろ宿を出発

発心門王子へ向かう

小広王子から発心門王子まで約11㎞はカット

岩神王子前後が2011年の台風で通行禁止になっている(迂回路はあります)

 

6:58 発心門王子
7:02 小広王子からずっと歩いてくるとここに出る、語り部さんはまた初日の方
7:14 62番からスタート、ゴールは75番
7:15 大型バスで来るとここまでしか入れない

 

 

7:39 歯痛の地蔵さん、昔は歯医者さんがいなかったので地蔵さんにお願いしていた
7:41 65番道標は小学校跡
7:45 水吞王子
7:57 今日の行程は降り基調で歩きやすい
7:59 
8:04 なんかよく分からんけど、ここでヨガをやる外人さんが多いそうです
8:11 蓑は小学生が掛けに来るそうです
8:16 
8:18 集落に入る、奥の稜線は奈良との境界、果無山脈(はてなしさんみゃく)
8:26 昔ながらの井戸
8:26 
8:39 お茶屋さんがあった
お茶屋さんからちょっと上がったところが伏拝王子(ふしおがみおうじ) 

熊野本宮大社の旧社地(大斎原)が遠くに見えるため、感激した参詣者がその場で伏して拝んだことが地名(ふしおがみ)の由来 

和泉式部がこの地で「月の障り(生理)」になり本宮へ参拝できないと嘆いた際、ここで伏し拝み歌を詠んだところ、夢に熊野権現が現れ参詣を許されたという伝説
どこが大斎原(おおゆのはら)か目の悪い自分には分らん・・・赤丸の所に鉄塔がある
鉄塔の下が熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)へ向かう小雲取越(こぐもとりごえ)の熊野古道
お茶屋さんで一服
お茶屋さん前の桜が満開 (^^♪
9:04 無人販売所

 

 

9:23 下に道路が作られたので橋が架けられた
9:24 再現された三軒茶屋跡
茶屋の後ろが小辺路
また説明を聞いたけど何か忘れた石碑・・・
小辺路を10mほど歩く (笑)
昔ここに関所があったそうです(小辺路、中辺路合流点)、通行料10文(200円前後)
バイカオウレンが数輪残っていた

 

 

コショウノキ
10:20 住宅地に入る
10:22 最終道標75番
10:23 祓殿王子(はらいどおうじ)
10:26 満開の桜が迎えてくれた
10:27 熊野本宮大社の鳥居が見えてくる
10:29 社務所前
境内の桜もまさに満開
八咫烏ポスト
多羅葉たらようのご神木
拝殿
神門
神門に覆いかぶさるようなしだれ桜
③西御前(結宮・第一殿) 夫須美大神  ②中御前(結宮・第二殿) 速玉大神
①証誠殿(本宮・第三殿) 家津美御子大神  ④東御前(若宮・第四殿) 天照大神 
もう一つ右端に⑤満山社  結ひの神 
番号は参拝順序
八咫烏:日本神話に登場する三本足の神鳥で、太陽の化身かつ導きの神、神武東征の際、熊野から大和へ神武天皇を先導し、国を開く助けをしたとされる

神話の役割:『古事記』『日本書紀』において、高皇産霊尊(タカミムスビ)や天照大神の命で神武天皇を先導

三本足の意味:天(神)、地(自然)、人(人間)を象徴し、これらが兄弟であることを示唆する

熊野の神使:熊野三山(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)において、熊野の神様のお使い

日本サッカー協会エンブレム
10:58 階段を降りて境内を見上げる
10:59 正面大鳥居
11:00 道路を横切り「大斎原」へ
11:07 熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました。
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。
江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。(ウキペディアより)
滝尻王子にあったのと同じ造りの石碑、もう一カ所あるそうです
参道を歩く
パワースポット
11:23 ここが今回のゴール

 

世界遺産熊野本宮館前のベンチで弁当を食べる

食後、語り部さんに案内してもらってお土産屋さんへ

河原で待っていたマイクロバスに乗り込み「わたらせ温泉」へ

語り部さんとはここでお別れ

温泉に浸かって旅の疲れを癒し一路高松へ

 

累積標高:+320m・-580m、沿面距離:8㎞、所要時間:4時間30分
今回歩いた道、機会があれば途中抜けたところ、熊野速玉大社、熊野那智大社への中辺路も歩いてみたい(赤:初日、青:二日目、緑:三日目)