
長篠城
菅沼氏(1508)→武田→徳川→新城城築城により廃城(1576)
長篠の戦(1575)
織田・徳川連合軍 (38000人)VS 武田勝頼(15000人)
信長の命により深夜4000人の別動隊が長篠城を包囲していた砦(3000人)を奇襲、長篠城を開放
勝頼本隊(12000人)は設楽原へ向かう
防護柵を築いて待ち構えていた織田・徳川軍と激突
織田・徳川連合軍圧勝
鳥居強右衛門(とりいすねえもん)
長篠城に籠城していた奥平氏は落城寸前に追い込まれ、鳥居強右衛門が決死の覚悟で脱出し家康のいる岡崎城に援軍を要請しようとした
無事岡崎に着いた鳥居強右衛門は事態を報告した後、長篠城に戻ろうとしたが寸前で武田軍に捕らえられた
この時はすでに織田・徳川軍は翌日にも出発する準備を整えていた
勝頼により援軍は来ないから開城するように言えと言われた鳥居強右衛門は承諾し長篠城の前に引き立てられた
鳥居強右衛門はこの時、あと二、三日で援軍が来るからそれまで持ちこたえるようにと城に向かって叫んだ
激怒した勝頼により城の前で磔にされた




